個人ベースライン:あなたの「正常」は集団平均ではない
集団平均は、あなた抜きで計算された平均にすぎません。個人ベースラインは、あなた自身の最近の数週間が書き込んだ物差しです。最初は鈍く、使い込むほど正確になります。
二人の人、同じ数字
日頃の値が大きく高い人と、大きく低い人がいる。ある日の午後、二人の値はぴたりと同じ数字に止まった。
集団の物差しはこう言うだろう。二人目は問題なし、一人目は状態が悪い、と。しかしその日に本当に起きたのは、一人目が大きく下がり、二人目が大きく上がったということだ。
あなたのベースラインがまだ無いとき、私たちはまさにこの集団の物差しに頼る。見知らぬ人たちの統計から取った中心と幅だ。それは最初の数日のためのつなぎであって、私たちが正しいと考えているやり方ではない。使い続けるほど欠点がはっきりする。それはあなたを測っているのではなく、あなたと一度も会ったことのない人たちとの距離を測っているのだ。
人と人の差は、自分の日々の揺らぎよりずっと大きい
HRV は年齢、性別、安静時心拍、服薬、トレーニング負荷、自律神経の緊張に左右される。人と人の間では数倍違うことがあるが、同じ人の日々の変動はごく狭い帯の中に収まる。
だから集団の物差しは両方の方向で間違える。ベースラインが高い人では、その人にとって正常な範囲の下限が「不良」と判定される。ベースラインが低い人では、本当にひどい日でも集団の正常範囲の中に収まり、物差しは何も言わない。
もうひとつ、もっと静かな問題がある。それは生まれつき HRV が高い人に報いてしまう。同じ生活習慣でも、出発点が違えば点数が違う。私たちが測りたいのは、見知らぬ人の中であなたがどの位置にいるかではない。あなたが自分自身からどれだけ離れたかだ。
この物差しはどう作られているか
まず標本を等しくする。 Apple Watch は日によって HRV の書き込みが多い日もあれば少ない日もある。そのまま統計に入れれば、密度の高い時間帯がより大きな重みを持つ。つまりベースラインは体ではなく、サンプリング率に動かされることになる。そこで HRV は、ベースライン計算に入る前に、ローカル時刻で等間隔の時間バケツにまとめられ、各バケツは中央値だけを残す。グラフ、詳細画面、その場のスコアリングには生の標本を使う。バケツを使うのは物差しを作る工程だけだ。
そして窓を選ぶ。 上限はおよそ一か月。直近の区間に十分な数の HRV バケツ、安静時心拍の標本、カバーされた暦日があれば完全な窓を使う。足りなければ、実際にあるデータの範囲を使う。なぜもっと短くしないのか。ひどい夜が一度あるだけで全体が引きずられるからだ。なぜもっと長くしないのか。季節の変わり目、トレーニングのブロック、生活リズムの変化が紛れ込むからだ。
中心は中央値。 まず物理的にあり得ない値を落とし、標本が十分なら両端を少し切り落としてから中央値を取る。バンドが緩んで出た外れ値が、一週間分の中心を押し上げるべきではない。
中心をその時刻に固定する。 HRV には概日リズムがある。多くの人は睡眠中に最も高く、午後に最も低くなる(形は人によって違う)。静止した中心では足りない。私たちは直近の区間の、いくつかの粗い時間帯の中央値から係数を計算する。各時間帯には十分な標本が必要で、かつ十分な数の時間帯が信頼できると判定されなければならない。欠けた時間帯は環状補間で埋め、全ての時刻に展開してから軽い平滑化を一度かけ、最後に妥当な範囲に収める。ある瞬間の動的中心 = 一日の中心 × その時刻の係数。
なぜ一時間ごとのバケツではなく、いくつかの粗い時間帯なのか。腕時計の HRV は疎らで不均一だ。ほとんどの時刻には一つか二つの標本しかなく、時間ごとの中央値はノイズから曲線を描いているにすぎない。粗い時間帯と補間と平滑化の組み合わせのほうが、細かくても空っぽのバケツより本物のリズムに近い。
範囲は標準偏差ではない。 ここがいちばん大事な工程だ。HRV の動きは乗法的だ。高い水準から同じ割合下がるのと、低い水準から同じ割合下がるのは同じ出来事だが、絶対値では何倍も違う。そこで各標本について、その瞬間の動的中心に対する対数残差を計算する。
対数尺度の上では、ベースラインが大きく違う人でも同じ図に並べて比較できる。ミリ秒に戻しても範囲は自然に正になる。そしてその残差の集まりから三つの分位点を取る。下側、上側、そしてさらに外側の一つだ。
正常の下限 = 中心 × exp(下側の分位)
元気な状態への入口 = 中心 × exp(上側の分位)
不良への入口 = 中心 × exp(さらに外側の分位)
一般的な四分位ではなくこの組み合わせを選んだのには理由がある。「正常」にあなた自身の変動の中ほどを覆わせ、全体として高い側に寄せるためだ。低い値は早めに気づかれ、「元気」とされるのはあなた自身の最良の区間に入ったときだけになる。健康製品が存在感を保つために褒めるべきではない。
その上に三つの安全弁がかかっている。
半値幅には下限がある。もともと変動が小さい人は分位が極端に狭くなり、一回の読み取りのノイズだけで一日中状態が行き来してしまう。
上半値幅は下半値幅の一定倍数を超えてはならない。さもなければ HRV の右側の長い尾が「正常」の上限を押し上げ続け、最後には「特に低くなければ正常」という意味になってしまう。
不良への入口はさらに外に押し出す。分位と「中心から有効な下半値幅をいくつか引いた値」のうち、より遠いほうを採る。これも同じ理由で、その線をノイズの中に置かないためだ。
残差モデル自体にも参加要件がある。正規化された標本が十分、カバーされた暦日が十分、信頼できる時間帯が十分。満たさなければ、全体としてロバストな半値幅に退避する。中央絶対偏差と四分位範囲のうち安定しているほうを使い、さらに幅に上限をかける。つまりあなたが見る範囲は、あなた自身の分位分布から来るか、鈍いが安定した物差しから来るかのどちらかであって、少なすぎるデータから寄せ集めた分位数からは来ない。
段階の単位は「半値幅」であってシグマではない。 スコアリングは、値が中心から半値幅いくつ分離れているかを見る(中心より下なら下半値幅、上なら上半値幅)。標準偏差いくつ分ではない。こうすれば各段階の意味が全員で同じになる。半値幅ひとつ以内なら正常、低い側に越えれば元気、さらに外ならやや疲労、不良の入口を割れば最後の段階だ。人によって違うのは「半値幅がどれだけ広いか」であって、「何点なら正常か」ではない。
もう二つのガードレールがある。心拍は補助項で、HRV が中心から離れたときにだけ重みを増す(離れるほど重い)。そしてそれはあなた自身の安静時心拍と比べられる。もうひとつは極端に低い HRV の絶対的な下限で、これは個人ベースラインを完全に無視する。生理学的に低いものは低い。「あなたのベースラインでは普通」と言い訳する必要はない。
データがまだ足りないとき
最初の数日は、個別化スコアと集団用の代替スコアを日数で線形に混ぜる。このときベースラインはコールドスタートとマークされ、参考にはなるが段階の境界は担わない。その後「学習中」の区間が続く。十分な日数を使い、残差モデルが品質チェックを通って初めて成熟とみなされる。
信頼性は別の基準だ。手持ちのデータが少ないほど、要求する標本数が増える。それは、そのベースラインがスコア計算に参加する資格があるかを決める。成熟度は、選択戦略での優先度と、画面がどれだけ自信ありげに語るべきかを決める。
ある一日を評価するとき、その日より厳密に古いベースラインだけを使う。今日計算したベースラインに今日を判定させない。さもなければ、HealthKit が標本を一つずつ同期してくるたびに、今日の結論が行ったり来たりしてしまう。
ベースライン自体も漂流する。だから二本目の錨を置いた
回転窓には副作用がある。何か月も低い HRV が続いた人は、その低さがゆっくりと「その人の正常」になり、長期的な変化が見えなくなる。
そこで直近の区間のベースラインの断片を保持し、現在の断片をおよそ一か月前のものと対にする。対が十分に揃い、かつその多くが同じ方向を示したときだけ、「持続的な低さ」または「持続的な高さ」を出力する。ユーザーに見せるのは三つの状態だけだ。先月より少し良い、少し悪い、だいたい同じ。対が揃わなければその行は空のままにする。「わからない」を「変化なし」と書かない。
もうひとつ、遅い錨がある。一日あたりごく小さな歩幅でしか速いベースラインに近づかず、持続的な漂流の間はさらに歩幅を縮める。これは持続的な低さのときにだけ、ごくわずかにスコアを上向きに動かし、過去の記録を書き換えない。この非対称は意図的だ。長く低い状態が続くのは、より真剣に扱うに値する。長く高い状態が続くのに、ご褒美は要らない。
まだ解けていないこと
サンプリング密度はベースライン側ではバケツ処理で遮断されている。しかし日次の集計は依然として全てのストレスポイントを等しく重み付けするため、高頻度のデバイスでは日中が本来より重くなる。この偏りは把握済みで、時間バケツによる平均化が要件リストに入っているが、今回は手を付けていない。
交絡要因も終わっていない。カフェイン、飲酒、時差、月経周期、病気はどれも HRV を動かす。私たちが明示的に扱っているのは運動と、主要な発生源のごく一部だけだ。
最後にはっきり言っておく。ベースラインは診断ではない。それはあなたとあなた自身の関係を記述する、相対的な物差しだ。いかなる医学的主張もしない。
一行で締めくくる。集団平均は、あなた抜きで計算された平均にすぎない。個人ベースラインは、あなた自身の最近の数週間が書き込んだ物差しだ。最初は鈍く、使い込むほど正確になる。そしてそれを速める方法は無い。
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Stress HRV でこれらの考えを試す
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